【連載第2回】1年間の訓練、そして「白すぎる地獄」への転落。高校事務での挫折。

完璧だと思っていた「社会復帰」への助走

200時間残業の果てに統合失調症を発症し、僕の人生は一度停止しました。
精神科への入院、そしてデイケア。そこから這い上がるようにして門を叩いたのが、最初の就労移行支援事業所でした。

そこでの1年間、僕は必死に「働く感覚」を取り戻そうとしました。
設計職時代に培ったPCスキルを再確認し、ビジネスマナーを学び直し、模擬面接を繰り返す。
「今度こそ、長く安定して働ける自分になりたい」
その一心で1年間の訓練を皆勤に近い状態でやり遂げ、僕は満を持して、ある高校の「事務職(障害者雇用)」という切符を掴み取ったのです。

主治医も、支援員も、そして僕自身も。「ぴゆさんなら大丈夫、1年も頑張ったんだから」と、誰もが明るい未来を信じて疑いませんでした。

想像を絶する「ホワイトすぎる地獄」

初出勤の日。僕は適度な緊張感と、それ以上の期待を胸に事務室の椅子に座りました。
しかし、そこで僕を待っていたのは、かつてのブラック企業とは真逆の、「白すぎる地獄」でした。

僕に与えられた仕事は、書類の仕分け。
200時間の修羅場を越えてきた僕の指先にとって、その業務はあまりにも容易すぎました。
ササッと手を動かせば、一日のタスクはわずか1時間で終了。
「次は何をすればいいですか?」
意欲に燃えて尋ねる僕に、周りの先生たちは申し訳なさそうな、それでいて最大限に配慮した笑顔でこう言いました。

「無理しなくていいんだよ。あとは電話番をしながら、先生たちの顔写真を見て名前を覚えておいて」

削げ落ちていく自尊心と、止まった時計

残りの5時間。僕の仕事は、広報誌や名簿に載っている先生たちの顔を眺めることだけになりました。
「この人は数学の先生」「この人は体育の先生」
何度も繰り返すうちに、写真はただの記号に変わり、頭の中は虚無感で埋め尽くされていきました。

周りの先生たちは忙しそうに走り回っている。電話が鳴り、誰かが談笑し、学校という組織が力強く動いている。その中心で、僕だけが「配慮」という名の檻に閉じ込められ、何も生み出さない時間を切り売りしている。

「僕は、ここに座っているだけで給料をもらっている、ただの置物なのか?」
「1年間の訓練は、この『暇』に耐えるためにあったのか?」

カチコチと刻まれる時計の音。窓の外を流れる雲。
1時間が、10時間にも感じられる静寂の苦痛。
自分が必要とされていないという感覚は、罵倒されるよりも深く、僕の自尊心を削り取っていきました。

1ヶ月の離職、そして「空白」へ

結局、僕はその「優しすぎる職場」に1ヶ月しか耐えられませんでした。
「わがままだ」と思われるかもしれない。せっかく決まった障害者雇用を捨てるなんて。
でも、僕の心は、何もしないことの恐怖に、再び病み始めていたのです。

「自分はもう、まともな社会人には戻れないのかもしれない」
挫折感から、僕は再び自宅に引きこもりました。カーテンを閉め切り、半年間の寝たきり生活。
1年かけて積み上げた自信が、わずか1ヶ月の「暇」によって、完全に打ち砕かれた瞬間でした。

2026年、今の僕が思う「ちょうどいい」の大切さ

今の僕は、リモートワークを活用した事務職として、自分のスキルをしっかり発揮しながら働いています。
あの高校事務での挫折があったからこそ、僕は知りました。
「配慮」とは、単に仕事を減らすことではない。
その人の能力を信じ、役割を与え、誰かの役に立っているという実感を奪わないこと。

もし今、あなたが「配慮されすぎて辛い」と感じているなら、それはあなたの意欲がまだ死んでいない証拠です。
次回、どん底で半年間寝込んでいた僕に、人生を変える「予想外のスカウト」が舞い込みます。

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