【連載第6回】55kgの「設計者」復帰。プロポーズと、自ら選んだ「優先順位」。

55kgの再出発。入社直後に突きつけられた不合格

福祉の現場を去り、55kgまで痩せ細ったスーパーバンタム級の身体で、僕はかつてのトラウマである「電気設備設計」の世界へ戻りました。2月に入社。人手不足な業界は話が早く、僕は即戦力として戦場に放り込まれました。

実はこの入社直後の2月、僕は2度目の精神保健福祉士(PSW)国家試験に挑んでいました。しかし、前職を辞める際の精神的疲弊と、新しい職場での急激な環境変化。55kgのボロボロな体調では、万全な状態で臨めるはずもありませんでした。結果は、非情な不合格。

「今はまず、この場所で結果を出すしかない。そして次こそは必ず受かってやる」
悔しさを胸にしまい込み、僕はマウスを握りしめました。まずは試用期間を乗り越え、自分を立て直す。それが40代の僕に課せられた、最初のミッションでした。

5月のプロポーズ。掲げた「未来の約束」

入社から3ヶ月。5月に僕は無事に試用期間を終え、正社員へと昇格しました。
隣には、統合失調症という病を抱えながら、1年間寄り添ってくれた彼女がいます。僕は正社員になったその足で、彼女にプロポーズをしました。

「来年の3月、入籍しよう。その時までには、絶対に精神保健福祉士になって、君を支えられる強い自分になるから」

その「資格取得」は、僕にとって彼女への誠実さの証でもありました。最高の状態で結婚を迎えたい。その一念で、僕は仕事の合間を縫って再び参考書を開き始めました。

幸せの絶頂で響いた、首の「警告音」

しかし、運命は少しだけ意地悪でした。プロポーズ直後の6月、首にこれまでに経験したことのない激痛が走りました。「頚椎症(首のヘルニア)」でした。

右腕に走る電撃のような痛み。痛み止めを飲みながらデスクに座る日々。追い打ちをかけるように、社長の知り合いのシニアへの教育を任されたことから、僕の歯車は狂い始めました。

「おっ、ぴゆさん、教えるの上手いね!」

社長のその一言をきっかけに、9月にはさらに3人のシニアが一気に入社。彼らの教育を一手に引き受けることになり、僕の勉強時間は完全に消滅しました。

「……よし、今は試験勉強を横に置こう」

「資格を持って入籍する」という理想は、14時間労働の荒波にかき消されていきました。悔しかったけれど、今の僕にとって何より大切なのは、理想を追うこと以上に、この場所でしっかり稼ぎ、来年3月に彼女と無事に入籍を果たすこと。「夢」を諦めたわけじゃない。今は、彼女との「生活」を守るために、全エネルギーを注ぐ時なんだ。

僕は厚い参考書をクローゼットの奥にしまい、その代わりにマウスを強く握りしめました。

12月の取材。80kgへの「リバウンド」

僕を含めたシニアチームの教育と、深夜にまで及ぶ自分のノルマ。この猛烈なストレスと忙しさを埋めるように、僕は食べ、泥のように眠りました。55kgだった身体は、半年もしないうちに80kgのヘビー級へと急成長。かつてジャストサイズになったVansonのレザーは、再び「ファスナーが悲鳴を上げるパツパツの鎧」へと戻ってしまいました。

12月の取材。社長や上司が誇らしげに語る裏で、僕は痛み止めを飲みながら、ただ「あと3ヶ月、入籍の日までこの身体をどう持たせるか」ということだけで頭がいっぱいでした。

2026年、今の僕が思う「あの時の選択」

47歳になった今の僕は、リモートワークの事務職として、穏やかな日々の中にいます。

あの時、もし無理に勉強を続けて共倒れになっていたら、今の幸せはなかったかもしれません。「資格を持ってプロポーズした自分」へのこだわりを捨て、目の前の「生活」に腹を括ったあの日の決断。

資格の合格通知は少し遅れて届くことになりますが、あの時、自分の夢を一度横に置いてまで大切な人を守り抜いた誇りは、どんな資格証よりも、今の僕を強く支えてくれています。

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